売り買いも、他生の縁。
〜 人と人をつなぐ。人として 〜
馴染みの老舗割烹店で、よく見かける女性のオーナーさまがいました。
ご高齢でしたが元気のいい方で、何度か顔を合わせるうちにいろいろ話をするように。
その方、仮に礼子さんといたしましょう。
礼子さんは、毎月1回、店子でもあるその割烹店で食事をしながら、
当時2代目だった大将との何気ない会話に花を咲かせ、
その足で他のテナントの家賃を回収してまわるのを楽しみにしていました。
ある日のこと、2代目大将のところに礼子さんから電話がかかってきたそうです。
「あんたに、このビルを売りたい」と。
急な話に驚いた2代目大将と一緒に、私も礼子さんのご自宅を訪ねました。
するとあんなに元気だった方が、がりがりに痩せ細ってベッドで寝ているではありませんか。
「あんたにしか売らん。頼む」という礼子さんの覚悟のこもった言葉に突き動かされ、
私たちはビルの売買契約の準備を進めました。
ところが。
最後の決済の日の朝、約束の9時を待たずに、早朝、礼子さんは旅立たれてしまいました。
売り主さんが決済に立ち会えなければ、この契約は流れてしまいます。
正直、もうだめだろう、と思いました。
ビルを所有することにようやく前向きになっていた割烹店の2代目大将のことを思うと、
何ともいえない心持ちになりました。
その翌朝、礼子さんの甥御さんから電話がかかってきました。
「割烹店の2代目大将のお父さん、ひょっとして亡くなられた?」と聞きます。
重なるもので、2代目大将のお父さんも、礼子さんと同じ決済の日に亡くなられていたのです。
「同じ葬儀場や…こんなことが…」と声をふるわせる甥御さん。
行ってみると、その葬儀場には、2枚の案内看板が並んで掲げられていました。
1枚には礼子さんの名前が、もう1枚には2代目大将のお父さんの名前が書かれていたのです。
実は在りし日、
割烹店の初代大将に、「あんた、ここで商売し」と勧めたのは礼子さんでした。
袖振り合うも他生の縁、と言います。
単なる偶然とは思えないご縁を感じた甥御さんは、
礼子さんの事業を相続して、2代目大将への売買の約束を叶えてくださいました。
かなた彼岸では、礼子さんと初代大将がふたり並んで、微笑んでいるかもしれません。